金光教東京センターでは、7月19日、金光教館イーストホールを会場にして、第43回東京平和集会を開催しました。オンライン参加を含めて約140人が参加しました。
今年のテーマは「人はみな神のいとし子-分断のない世界を求めて-」。
近年、自国第一主義の風潮が国内外を問わず広がりを見せています。
差別や偏見の実態や多文化共生の重要性を学び、分断のない世界を求めていくことを願って開催したものです。
プログラムとしては、まず中学生以上を対象とした「学びのひろば」と子ども対象の「子どものひろば」があり、その後「戦争死者慰霊・平和祈願祭」を行いました。
「学びのひろば」では、初めにスライドとビデオで、在日外国人への差別や偏見の実態について学びました。「外国人は生活保護を簡単に受けられる」とか「社会保険にただ乗りしている」などSNSで拡散されている誤った情報について、現実を数値で明確に示しました。
また、貧困層への炊き出しや災害ボランティア、他宗教との連携などを続けているイスラム教モスク(イスラム教寺院)を紹介しました。
次に、東洋大学社会学部の高橋典史教授から「分断と排除の時代に多文化共生と宗教について考える」というテーマで次のような講演がありました。
今世紀に入る頃から世界的に移民が増加しています。日本においては、「オールドカマー」(戦後日本に残った旧植民地の朝鮮半島や台湾の人達)への差別があり、流入外国人が増えてきたことで「ニューカマー」(1980年代以降の移住者)に対しても、「日本人ファースト」との言葉が広がることで、ヘイトや排外主義が広がってきています。ヘイトや排外主義に抗うためには、その犯罪性を一人ひとりがしっかり認識する必要があり、SNSやインターネットの情報を鵜呑みにしない「リテラシー」(読解力)が大切になってきます。また日本の宗教が果たしうる役割としては、地域と外国の宗教の間に立って緊張関係を緩和するなどがあります。また、外国人や外国の宗教を差別するということは、広い意味で自国の信教の自由が脅かされることにつながってきます。この観点からも、日本の宗教者や信仰を持つ人にもっと注目してほしいし、問題として取り上げていってほしいと思います。
講演後は、高橋教授と山田信二東京センター次長の対談を行いました。
山田次長は、差別や分断を乗り越える信仰的な立脚点として、地域的な境界、身分や性による差別を乗り越える「天が下の人間はみな神の氏子」という人間観を挙げ、これが本教の平和信仰の土台になると述べました。
二人は共にハワイでの研究もしくは御用の経験があることから、戦前戦中に本教を含む日系宗教が差別の中で苦難を背負った歴史に触れ、高橋教授は、その歴史的体験をもとに現代の日本で排斥の対象になっている人々の「自身の信仰を守る」「自分達の文化を大切にする」という思いに、共感的に思いをめぐらせてほしいと語りました。
山田次長は、信教の自由や基本的人権を守ることを信心の問題として取り組まなければ、日系人の歴史や現代の外国人に対する差別は、いつ自分の身に降りかかってくるかわからないと指摘しました。
また、高橋教授は、教会や寺院が地域のコミュニティーに開かれた「居場所」になることや、日本人が本来持っている「困った時はお互い様」との利他的な思いを基盤にして助け合いの輪を作っていくことを提言しました。
山田師は、自身の経験から、フェアトレードや国際交流は「人はみな神の氏子」との教えを実感実践する場になり、個人でも教会でも取り組みやすい行動であると語りました。
その後、「金光教東京平和宣言 2026」が発表されました。
全ての戦争に反対し、その原因となる差別と分断の芽を摘んで、事実に基づいて物事を見極め、交流によって違いを認め合い、すべてのいのちが立ち行く平和な世界を求めることを宣言しました。
「子どものひろば」は、イスラム教モスク「マスジド大塚」を見学しました。
ビデオや講義でモスクでの活動が紹介された後、参加者の名前をアラビア語で書いてもらったり、「ヘナアート」を体験し、チャイ(煮出したミルクティー)を振る舞ってもらうなど、異文化体験、交流を楽しみました。
続いて行われた戦争死者慰霊・平和祈願祭では平和の祈りが奉唱され、戦地で亡くなられた御霊様を思い献水が行われ、その間「平和合唱団」による献歌「友よ、霊よ」が会場を包みました。
祭詞では「私達一人ひとりが地球市民として、国家・人種・宗教の枠を超え、互いを尊重し助け合いながら、世界の平和と人類の助かりの実現に取り組ませていただく」ことや、「現在も続いている戦争や分その一日も早い停戦や終戦に向けて、誰もが差別や搾取されることなく、世界の人々が幸せな生活を送れる日々が訪れること」が願われました。










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